移動例会in備後

2019年1月30日・31日に毎年恒例となっている移動例会がおこなわれました。

昨年の7月に岡山県の真備町で豪雨被害がありました。山口県の一部でも西日本豪雨の被害がありましたが、他教区の活動を知るため特に被害の大きかった備後教区にお参りして、災害義援金をお届けに参りました。

新山口から車で約3時間半かけて耕三寺に参りました。

 

当日はとても暖かく見学しやい日でした

美術館の寺院があると聞いて、耕三寺へ。

耕三寺では、母の供養塔や大理石の彫刻庭園や地獄の世界や日光東照宮陽明門を模した門など、お寺全体が博物館となっていました。その彫刻やスケールに驚かされました。

今回、職員さんに境内を案内していただきました。

普段入れない本堂も見せてもらいました。本堂の壁絵、仏具の大きさ、御荘厳、どれも素晴らしいものでした。

地獄めぐり。仏教の地獄観・極楽観が体験できます。八つの地獄の絵を見た後、たくさんの仏像が安置されてました。最初に地獄をみて人間の欲望や怒り、愚痴をみて、その煩悩を抱えた人を救う仏さまが救うと意味合いがあったのか感じました。

 

耕三寺初代住職と藪内流茶道とつながりから、毎年供茶式がおこなわれています。

全面大理石の未来心の丘で合掌!! 

備後教堂で戸崎会長から菅原教務所に災害義援金をお渡ししました。

菅原所長から当時の災害状況や、災害の際に助かった事を教えていただきました。

その一つが、災害の状況を写真で記録を残すこと。その写真を教務所なり、関係各所に送信すれば、現場に移動する前に状況判断ができるため、スマートフォンなどで写真を撮ってくださいとおっしゃっていました。

いつ被災者になるか分からない世だからこそ、皆、熱心に耳を傾けていました。

2日目から備後教区で歴史あるお寺にお参りしました。

福山市光照寺。

西日本における浄土真宗の最初の拠点となったお寺です。開基は関東で布教活動をしていた明光上人が開基となっています。写真で見てわかるように、大規模な本堂で、西国における真宗布教の拠点として面影が残っています。

末平住職よりお寺の歴史や寺宝の説明をしていただきました。御絵伝が一幅にまとめられているものです。全国的に非常に珍しいものを拝見させていただきました。

福山市勝願寺。明治の高僧、足利義山和上の寺院にお参りしました。

勧学 足利義山とは、明治を代表する仏教の碩学で往生の際には、紫雲がのぼったとも噂される帆との伝説で語られる和上です。明治38年に龍谷大学で初めて名誉教授の辞令をうけた方でした。

こちらの寺院からは他に、勧学 足利瑞義和和上や甲斐和里子が一族から輩出されました。

足利瑞義は、義山の三男として生まれ、本願寺第22代門主大谷光瑞と一緒に大谷探検隊に参加した。また龍谷大学総長、宗楽院長、ハワイ開教総長など多方面で要職を歴任されました。

甲斐和里子は、義山の五女として生まれ、仏教主義に基ずく女学校建設に尽力をした方です。

今の京都女子大学を建設して、篤信の念仏者として、多くの歌を残されています。

 

当時の関係書類をご住職さまからご説明いただきました。

世羅町真行寺。最後に勧学是山恵覚和上のお寺にお参りしました。

是山恵覚は学僧として龍谷大学教授に就任し、大正時代には勧学寮長、宗学院長を歴任された方でした。

ご住職がたくさんの資料を用意していただきました。特に安居(夏期に龍谷大学大宮本館ででおこなわれる僧侶の教学研鑽)の写真や宗学院ができた一期生の写真など貴重な資料を拝見しました。

最後に会員の色紙を書き、真行寺様にお渡ししました。

各お寺に参り、お寺のルーツや宗学を学んだ学僧らの足跡を見ることができて、素晴らしい研修となりました。

ご住職や坊守さま、教務所長、職員の方々、どうもありがとうございました。

 

研修の写真をご覧になりたい方は以下、若朋会facebookページでご覧になれます。

https://www.facebook.com/jakuhoukai/